2020 · 11 · 22 (Sun) 06:55 ✎
私は北出清五郎・神風正一の
コンビも聴いていました。
トシがバレますね(笑)。
NHKアーカイヴスを検索すると
1961年初場所の実況には尾崎士郎、
升田幸三、水原茂がゲスト
出演しています。
先日、私のツイートにそんなリプライがあった。
北出清五郎は日本のスポーツ実況史を語るとき、
忘れることができないNHKの名アナだ。
最後に書かれていたアーカイブスのURLを
クリックすると、北出アナの出演した番組の
リストがずらーっと出てきた。
北出アナのほかにも懐かしい名前が並んでいて、
食指は動いたが、結局、私はそのどれも
クリックしなかった。理由があるんだ。
’77 鋼管x新日鉄(男子バレー)
’77 ヤクルトx巨人(王754号)
‘77スター千一夜(王756号)
‘77 バレー:ワールドカップ
リビングの本棚にあるDVDを探索した結果、
実況などで私が関わった番組で 残っているのは
このへんが最も古いものだと分かった。
家庭用の録画機やビデオテープ(ベータ&VHS)の
発売が1975年だから時期がぴったり符合する。
“老後の楽しみ”として残したつもり…だったが、
どっこい、“眠った”ままだ。
ブログを書くのに忙しいのは事実だが、たまに
若いころの自分の声を聞いてみる時間ぐらい
ないわけではない。ほかにも理由があるのだ。
生沼スミエさんと(1977年)
古いビデオを見ると、70年代の実況では、
「…東京都体育館であります」、「…の対戦で
ございます」調のしゃべり方になっている。
徳光和夫でもないのに。ハハハ。
40年以上前のことだからすっかり忘れている。
だから、“お前さん、若いころこんなだったぜ”と
突き付けられると、かなり驚くし、恥ずかしい。
用語もそのころのものだから全体に“古色蒼然”…
とてもじゃないが、人には聞かせられない。
特に、現役の後輩アナたちには。ハハハ。
自分の実況は“なんとか”我慢できるが、たとえ
それがレジェンドでも 他人のものは無理だ。
放送史に残る名実況はたくさんある。しかし、
スピード、テンポ、“口調”など、すべてが
時とともに変化するから、そのときは視聴者を
感動させた実況も今は違和感しかないものに
なっている可能性がある。だから私は
北出アナのアーカイブに手を出さないのだ。
早野宏史さんと(2003年)
音楽などは古くても通用するのだが、残念ながら
実況に関しては、その時代の“空気”の中でないと
人々の胸に響かないのではないかと思う。
90年代、WOWOWに移ってからのサッカーや
テニスの実況はためらうことなく再生できるが、
70年代のMLBなどは怖くて怖くて・・・。
ハハハ。
おまけ
NYで 坂本真一さんと私。(1997年)
古いビデオを見ていると、数十年前の自分に
出会うことがある。面はゆいが、懐かしい。
マジソン・スクエア・ガーデン前で女子テニス
最終戦の冒頭部分を収録中の私は59歳だ。
11月末のNYはクリスマス商戦が始まっていた。
寒さが厳しかったが、坂本さんと二人で
マンハッタンのホテルから連日、歩いて通った。
楽しかったなあ。
***********
ブログランキングに参加しています。
応援をよろしくお願いします。
👇
- 関連記事
最終更新日 : 2020-11-22
No Subject
ヤップンヤンさん、おはようございます。99年の女子決勝・・・リアウルタイムは
2人解説で後輩が実況したはず。
ディレクターに頼まれて後日、一人実況で
録り直した・・・記憶が違うかな?
[ 返信 * 編集 ]▼ ▲