岩佐徹:思うこと思うままに

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2022 · 07 · 03 (Sun) 07:45

メジャー尽くしの1年だった~走馬灯 My Short History 71~


1978年はワールドシリーズが終わったあとも
“いろいろ”あったことを思い出した。
ヤンキースとドジャースが戦い、第6戦で
決着したが、私の帰国は1週間後だった。
スタッフは翌日の便で日本に向かったが、
私は休暇をもらってハワイに行った。w。

急いで帰ったってすることはないんだから、
少しは命の洗濯をと目論んだのだが、2日目に
本社から電話がかかって来た。会社として
必要なのでエガワに会っておいてほしい、と。

エガワとはあの江川卓だ。作新学院卒業時と
法政大学卒業時、二度にわたってドラフトの
指名を断った野球選手だ。このときは
南カリフォルニア大学に野球留学していた。

やれやれ…と思いながらロスに舞い戻った。
グラウンド近くにある合宿所のようなところで
名刺を渡しただけだったが、会社の指示も
その程度でいいということだった。

このとき、笑える話を聞いた。
彼はクリス・スミスという選手と同室だった。
あるとき、外出から帰るとドアのノブに
タオルがかかっていた。そのままドアを
開けると、クリスのほかに女性がいた!
タオルは“彼女”が来訪中というサインだったが、
江川は知らなかったのだ。w。

スミスは数年後にヤクルトに入団したが、
たいした成績は残せなかった。

帰国後しばらくしたころ社長室から電話があり
西武の堤(義明)さんに会いに行けと言われた。
なにごとかと、かしこまって原宿にあった
国土計画の本社に出かけた。
用件は“ピート・ローズを獲れないか?”だった!

シンシナティ・レッズとの契約が切れる年で 
去就が注目されていた。現地報道で知るかぎりの
情報を伝え、ちょうどチームが来日するから
接触するチャンスはあるでしょうと話した。
話が区切れるたびに秘書たちに矢継ぎ早の指示を
出していた。オーラがあった。

レッズが来日するとほかのことで忙しくなった。
スポーツニッポンにコラムを書くこと、中継の
ゲストとして大リーグの裏話を話すこと・・・だ。
試合を見ながら話すテレビは問題なかったが、
コラムは“しめきり”があるので、試合で目立った
選手のこぼれ話をして記者にまとめてもらった。

思えば、メジャー尽くしの1年だった。


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最終更新日 : 2022-07-03

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